Brand Story
ネコとの暮らしのはじまり
ある雨あがりの夜に住宅街で仔猫と出会い、一緒に暮らすことになりました。
ワンちゃんと暮らしたことはありましたが、ネコははじめて。
慣れないこと、仔猫が元気すぎて大変なこともありましたが、賢くてちょっと頑固でこんなにも小さくて可愛らしい、私にとって大切な宝物との暮らしがはじまりました。
ひとりぼっちにする時もあり、お留守番が寂しそうだったので、新たに黒猫ちゃんをむかえ1人と2匹の暮らしがはじまりました。まだまだチビで元気な2匹はいつも走りまわって楽しそう。お世話するわたしはちょっとヘトヘト。でも何物にも変え難いとても幸せな時間をすごしていました。
初代はココア
最初のネコの名前は「ココア」ちょっと噛み癖がある子でしたが人懐っこくて元気で優しい女の子でした。
ある日のこと。ちょっと歩き方が変だなと気づき病院へ。
最初は様子見の診断でしたが日に日に足が曲がったまま固くなっていきました。ガンでした。まだ12歳なのに。
体力があったので元気な時と同じような生活を送っていましたが最後はわたしの隣で「にゃー」と一声鳴いて虹の橋を渡りました。
「バイバイ」って言ってくれたのかな。
わたしも動かなくなったココアを撫でながら声をかけました。「ありがとうよく頑張ったね また会おうね バイバイ」
なにごとにも動じないハロさん
ココアと一緒に生活していた二匹目のクロネコさん。
里親探しで出会いました。ケージに十数匹の仔猫さんたちがワイワイと遊んでいる中、一匹だけジーっと動かない。なんとも不思議な雰囲気のクロネコ。それがハロウィン一日前の産まれのハロさん。とても小さい女の子。コートのポケットに入るくらいの大きさでした。
最初の印象通りツンデレの何ごとにも動じない性格。
東日本大震災の時も家で一人でいたので大丈夫だったかなパニックになってないかなと心配して帰ったのですが「ハロ大丈夫?!」と部屋に入ったわたしに「なにかあったの?」とでも言いそうな落ち着いた感じでいつも通りノビをしてご飯を食べ出したハロさんでした。
そんなハロさんもココアが旅立ってから5年後、乳腺ガンが見つかりました。手術をして根治を目指しましたが、残念ながら転移が見つかり緩和ケアに。
食欲もなくなり呼吸も浅くなってからは病院からレンタルした酸素室で夜は過ごしていました。
ある朝、酸素室の中で動かなくなっていたハロさん。本当はいつも通り枕元で一緒に寝ながら旅立って欲しかったのに。
でもハロさんはきっとわたしが寝てる間に「ちょっと行ってくるね。またね」って格好よく旅立ちたかったのかな。
最後までツンデレな19歳での旅立ちでした。
あたらしい出会い
ハロさんの旅立ちは20年近くいつもわたしの側にいてくれたネコたちが突然いなくなることを意味します。寿命が私たちより短いネコちゃんがいつかいなくなる事は覚悟はしていましたが、お別れをしても慰めてくれる子がいないのは想像よりずっと辛いことでした。
そんな時、キャッテリーさんで出逢いがありました。ネコちゃんがたくさんいるお家、仔猫たちはじゃれあって走り回り大人のネコちゃんも活発に動き回っている中、ソファーの背もたれの上でこちらをじっと見ている1匹のグレーのネコ。なんとなくハロさんと雰囲気が似ている気も…
おりこうで活発なキティさん
運命を感じてその子を迎えることにしました。ハロさんの次の子なので名前はキティ。ハロさんはハローではなくハロウインなんですけどね。
キティさんは特別なしつけをしなくてもほぼ完璧に色々なことができる子でした。
運動神経も抜群で一緒に車に乗っても運転席と助手席の間のグローブボックスの上でお座りをしてGがかかるカーブの時には体重移動も完璧。
壊れた猫じゃらしのふわふわの部分やかくれんぼが大好き。
遊びたくなるとわたしの背中をトントンと叩いて逃げていく活発な女の子です。
天真爛漫な弾丸Boyゾーイ君
1年後には同じキャッテリーさんで白い毛色の男の子「ゾーイ」君をキティさんの弟分として迎えました。
瞬間瞬間を精一杯、自分の欲求にストレートに生きているゾーイ君。自分の生き方もそうでありたいと思わせてくれる存在です。
天真爛漫で弾丸Boyのゾーイ君のことをツンデレのキティさんはたまに面倒そうにしていましたが、ゾーイ君が不安を感じると舐めてあげたり。良いお姉さんです。
キティさんとのお別れ
キティさんが4歳になった頃、検診で腎臓病が発見されました。それからは週に何回かの通院生活。体調が急降下して入退院したことも一度ではありません。ただその度に復活してみせる不死身なキティさん。
約6年ほど通院生活が続いたある日、体調が急変しました。
いつものように復活できると信じていましたが、1週間ほど経った日に自宅のベッドで旅立ちました。2023年1月13日冬の朝。まだ10歳でした。
立ち上がる体力もなくなっていたのに、トイレまで行こうするキティさん。ベッドから落ちないように隣で見守っていたら、スヤスヤ寝てくれたのでちょっと安心して数分だけ離れて戻ってきた時にはもう旅立っていました。
心配していた痙攣もおこさず寝ていたままで。
最後までキレイで格好よかったキティさん。6年間の闘病生活お疲れさまでした。本当によくがんばった。もう辛くないよね。また会おうね。
経験を活かしたモノ作りをしたい
大好きだったキティさんとお別れしてしばらく落ち込んでいたゾーイ君はまた弾丸Boyとなって毎日元気に暮らしています。
そんなわけで3匹のネコたちとのお別れもあったのですが、私とネコとの生活も気づけば数10年が経っていました。
さまざまな場面でこんなものがあったら…あんなものがあったら…と思い続けていました。
ネコさんたちとの暮らしの中で楽しかったこと辛かったことの経験を活かしたモノづくりがしてみたい。
自分が得意なモノ作りで今を生きているネコさんたちに喜んでもらいたい。
そんな想いでネコちゃん用のモノづくりをはじめることにしました。
ネコを含め、動物たちは最後の一瞬まで生きることをあきらめないと感じることがあります。だからわたしたちのブランド「Neko to Guitar」ではネコちゃんがどんな時でもどんな状況でも穏やかに健やかに暮らせるようなグッズを作っていきたいと考えています。
Brand name origin
ブランド名「Neko to Guitar」の由来
由来はふたつあります。
コロナ禍で外出できなくなったわたしが新たにはじめたのがギターでした。
まったく上達しないまま今に至っていますが、ネコさんと共に私の好きなものの一つです。
好きなものを集めて私の好きなものを作るブランド。でネコとギター。
もうひとつ。
ネコさんたちはギターの音が嫌い。相性が悪いですよね。
相性が悪いものがたとえ隣にあるような状況でもネコさんがほっと安心できるものを作りたい。と言うのが二つ目の由来です。
Profile

Atelier453(アトリエ・フォー・ファイブ・スリー)
Yoko 2月22日猫の日生まれ
- 服飾専門学校でデザイン・パターンメイキング・縫製を学ぶ
- アパレルメーカー数社のデザイナー・パタンナーを経験
- コレクションブランドのチーフデザイナーとして数多くのデザインを手がける。
- Atelier453「Neko to Guitar」主宰